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① 万治4年(1661=寛文元年)卯月27日の日付のある、藩主黒印状 『 知行高目録 并 役付 』です。和紙に2枚継ぎ。墨付き16行。発給者は 徳島藩第3代藩主 蜂須賀光隆。宛名は、猪子喜之助あて。「 光隆 」の黒印押捺。勝浦・板東・那西の3郡の高百石。寛文4年(1664)に阿波国13郡が10郡に統合されるまで存在した「板東郡」「那西郡」の表記があります。蜂須賀光隆の治世は、承応元年(1652)~寛文6年(1666)。
② 天保5年(1834)9月の日付のある、古文書 『 成立書 並 系図共 』です。共紙表紙。墨付き16丁半。各所に付箋貼付。作成者は猪子騏之介。徳島藩士で。高220石。成立書の最後に「 九代 猪子平三郎文邦 」という付箋が貼ってあり、弘化2年6月13日に、騏之介の隠居に伴い、同日家督相続しています。『 徳島藩士譜 』上巻115と116ページに、同家の系譜が掲載されていて、同書では、初代を猪子七蔵とし、9代文邦まで記載されています。一方、古文書の方は、初代を猪子兵助俊助としています。兵助は信長の家臣として尾張で活動し、本能寺の変で討ち死しています。阿波へ来た初代が七蔵なので、古文書の表記は、一代ずつ多くなっています。
詳しい内容は写真欄をご覧願います。
①の両表紙と背に経年の変色・薄い汚れ・薄い小シミ・極小虫食い・折れ・折れシワがあります。本文中の保存状態は良好です。②に経年の変色・上端にシミ・折れ・折れシワがあります。タテ9面折り・真ん中ヨコで2つ折りになっています。
363年前と190年前の古文書ということで、ご理解願います。
サイズは①がタテ32.0cm×ヨコ69.7cm、②が30.9cm×21.6cm×厚さ0.5cm。
レターパックプラス520円でお送りします。
★保存状態の記述は、あくまで出品者の主観的な評価ですので、保存状態にきびしい方は、入札をご遠慮願います。 >